ティツィアーノ


ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
Photo © Fine Art Images/Alinari Archives, Firenze / distributed by AMF


 少年期よりヴェネツィアにいた親戚にあずけられ、ジョヴァンニ・ベッリーニの工房で修行を積む。1518年に完成したサンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ聖堂の主祭壇画《聖母被昇天》で公的なデビューを果たし、躍動感のあるドラマティックな構図と輝くような色彩を特徴とする独自の様式を確立した。
 宗教画や貴族の神話画、肖像画などを数多く手掛け、その圧倒的な技量と巧みな売り込み戦略をもって、同時代の誰よりも幅広いパトロンを獲得した。革新的な油彩の表現は、同時代の画家のみならず、ルーベンスやベラスケス、ルノワールなど、後世の画家たちにも多大なる影響を与えた。


1488-90頃
ヴェネツィア共和国支配下のピエーヴェ・ディ・カドーレに生まれる。
1508頃
ジョルジョーネとともに、ドイツ人商館の外壁のフレスコ装飾を制作。
1511-12
《復活のキリスト》(ウフィツィ美術館)を制作。
1515頃
(25歳頃)
《フローラ》(ウフィツィ美術館)を制作。
1515-18
サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ聖堂の《聖母被昇天》を完成させる。
1523
ベッリーニの後を継ぎ、ドイツ人商館の専任画家(センサーリア)に任命され、実質上のヴェネツィア共和国の公認画家となる。
1533
カール5世から「宮廷伯爵」と「黄金拍車の騎士」の称号を授かる。
1538
(50歳頃)
《ウルビーノのヴィーナス》(ウフィツィ美術館)を制作。
1543
《教皇パウルス3世の肖像》(カポディモンテ美術館)を制作。
1544-46頃
《ダナエ》(カポディモンテ美術館)を制作。
1545-46
(58歳頃)
ローマ訪問。ミケランジェロに出会う。
1548
カール5世に呼ばれ、アウグスブルクに発つ。また、カール5世の息子で後にスペイン王となるフェリペ2世とミラノで初めて対面する。
1553-54
フェリペ2世のために《ダナエ》、《ヴィーナスとアドニス》(いずれもプラド美術館)を制作。以後、1562年までの間に、フェリペ2世のための一連の神話画(ポエジア)を制作。
1560-70頃
《洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ》(国立西洋美術館)を制作。
1563-65頃
《受胎告知》(サン・サルヴァドール聖堂)を制作。
1567
《マグダラのマリア》(カポディモンテ美術館)を制作。
1575-76頃
《ピエタ》(ヴェネツィア、アカデミア美術館)を制作。
1576
(88歳頃)
ヴェネツィアで没。
サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ聖堂に埋葬される。
※太字は出品作



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